2014年6月22日日曜日

Laurence Anyways



図らずして二度目の鑑賞をした。
一度目はあまりにその世界観に圧倒されてしまい、鑑賞後もその感想を同伴した友人とうまくシェアできなかった。その一回目の感想がこれ


----------【一回目レビュー】--------------
見終わった直後、なんだか腑に落ちない映画だと思った。監督自身もLGBT当事者であるこの映画、このようなジャンルは対外「特殊」だと思われがちな彼・彼女たちの集団をいかに「平凡」に描くか、その他社会に共鳴してもらうかに注力しているものが多いように思う。だが、この作品は違う。ところどころに出てくる主人公の妄想世界・情緒の具現化、非凡でビビットな色使いに衣装。そのどれもがあえて観客を遠ざけている気がした。突き抜けた感性・価値観をあえて強調する、あの共感を寄せ付けない感覚は独特だった。映画の原点はやはり共感メディアだと思うから。

中盤からは、映像美として楽しむのが自分にとっての正しい見方だとかんじながらみていた。

監督はまだ若い。ケベックの片田舎出身だし、決して今まで自分のアイデンティティーを背負っていくのは楽ではなかったのかもしれない。彼の尖った感性が研ぎ澄まされた作品だった。それに圧倒されてしまったのかもしれない。
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二度目の観賞後の感想は、
"これは映画であるというより文学だ"。
やや、雑な言い方だがこれに尽きる。

一度目の鑑賞のとき、私は上記の通り、監督の表現方法ゆえに、この映画に突き放されるような印象をうけた。
"私たちはあなたたちとは違うんだ!"と叫ぶような。

二度目に映画をみて、エキセントリックに映った映画の中の視覚世界は、現実というよりも心象風景という要素が強いのだと理解した。ストーリーを知っているゆえに、一度目よりもスクリーンに映る造形や色彩に視点が集中した。

文学に擬えたのはこのこと。文学作品でイコンやメタファーを拾って行くように観ると監督の意図したことがよりキャッチできるきがした。

一番目を引いたのは色。
冒頭車内でロランスとフレッドがイチャイチャしながら"楽しみを半減するものリスト"をつくっているとき。彼女たちは色の意味を確認していく。

赤は怒り、情熱
黄色はエゴ
茶色は性やエロチシズムの対局
ピンクとベビーブルーは健康に反する色
ダークチョコレートは自己破壊への一歩

その色への意味づけが二度目の鑑賞でとても気になって、頭のすみに置きながら残りは鑑賞した。
そうすると、鮮やかに彩られた画面がロランスとフレッドの心情の揺れ、その機微がをいっぱいに描きなぐったキャンバスであることに気がついた。

若くて、ナイーブで矛盾に満ちた二人の感情は言葉や表情じゃとても映しきれない。その混沌、激しさ、非合理性、surrealでナマなかんじが色のぶつかり合いとして表現されていた。

ロランスの受賞お祝いディナーの黄色い背景
フレッドの最初は赤く、最後には茶色い髪
常に黒い服をきたロランスの母とフレッドの妹ステッフ
インタビューでピンクとベビーブルーのスーツを着たロランスは、"不健康上等、ゲテモノでなにか不満でも?" と言うがごとく、marginalityをまとって歩くプライドを放っていた。

特に黒は社会規範やconventionalityを強く推し示す色だった。"ダークチョコレートは自己破壊への一歩"。溢れる自我を丸め込む箱。

混乱していたフレッドがむかったダンスホールは暗い部屋に真っ黒なスーツの人が溢れる。仮面のようなメイクをした群衆の中にフレッドは視線を浴びながら入っていくも、その中にもまれ、呑まれていく

数年後に見る所帯持ちのフレッドは、かつて、大嫌いだった"自己破壊へのはじまり"たるダークチョコをかじっていた。

衣装のディレクションまで監督自身が担当していることには意味がある。


黒がそんな色だから、2人の憧れの場所が"île au noire-黒の島"というのとても象徴的。彼女たちは自分たちでありつづけながらも、"社会"に受け入れられたいと願った。カミングアウトしたロランスはîle au noireに行きたいと言う。彼女はそのままの自分として学校という規範の鏡のような場にいつづけたいとねがった。しかし、結局Marginalityにおしやられ、夢と描いた2人の島行きもなくなってしまう。

再会した2人はそんな"真っ黒な島"に色の雨を降らせる。背景もセットもどんよりグレーが続く中、抱き合う2人に色とりどりのランドリーが降り注ぐ様は画一的な世界に一気に感性が注がれるかのよう。それは、まだ"ただの男女"だった頃、2人が路地の真っ黒な洗濯物の前で抱き合うシーンとの対でもある。

はじめて観たときこの映画を私は現実世界として受け取ろうとし、消化不良を起こした。でも、二度目の鑑賞を経て、これは文学であり、叙情詩だときづいた。実体や言動よりも、その中の渦巻く感情が核であり、画面はその具現化である。言って見ればこれはロランスとフレッドの感情が全てであり、その心象風景である作品だ。マージナルな2人がバケツいっぱいのエモーションをお互いに、モノクロ世界にぶちまけあったはなしなのだ。

  -Non sire, ceci n'est pas une révolte, c'est une révolution

 -いいえ、陛下これは反乱ではありません、革命なのです



おまけ
各国版のポスターのちがいがとてもおもしろい



カナダver
   

アメリカver

   

スペインver



イギリスver



ドイツver



香港ver

2014年6月13日金曜日

Act of Killing



これは政治犯罪についてのドキュメンタリーである以上に人間の心理を描いたノンフィクションだと感じた。いままで、戦争モノ、ジェノサイドモノはそれなりに観てきたが、一番ガツンと殴られた作品だったかもしれない。

一番驚くべきことはこれが"スクープ"じゃないこと。加害者は世に知らせたいと願って映画の被写体となったし、"残忍さ"を正確に描写することにこだわった。

でも、観つづけるに従って、それは彼らにとって精神を崩壊の手前で支えるのつっぱり棒であるとわかった。自己肯定を何度も何度も塗り重ねることで、ふと襲う罪の悪寒を飲み込んで飲み込んで。
しかし、シーンが変わる度に言うことが変わる彼らのSanityはすでに縺れきっていた。

後悔と賞賛、嘔吐と歓声を往き来する彼らに精神の崩壊をみた。

2014年6月3日火曜日

チョコレートドーナツ/any day now


私はこの映画を親子の愛ではなく、gay rights の映画として観た。だから前評判が謳うように、溢れる涙を拭う映画ではなかった。なぜなら、闘った彼らは結局求めたものを得られず、あの映画の後も闘い続けなくてはいけないから。その苦しさや不条理を思うと手放しに感動はできない。

でも、感涙しなくてもこの映画はとてもいい映画だとおもった。親権という題材を使って、同性愛者が晒される偏見と不条理をとても強いメッセージ性をもって描いている。ゲイ、ドラッグ、身体障害、などキワモノになりかねない要素ばかり取り入れてるのに、観客をとり残さず、きっちり話に気持ちを乗せていく。

それはやはり、マルコ役のIsaacはじめ役者陣の演技がすばらしいから。演技を演技と感じさせず、しかも個性の強い要素をうまく"日常"としてbelievableにしてるのはすごい。セクマイの権利という多くの人が当事者ではない(マジョリティーである)話をしているのに多くの人を泣かせられる映画というのはそれだけで評価に値すると思う。

ps 原題より邦題の方が良いと思ったのは久しぶり。

2014年6月2日月曜日

Dorothy Vacance



リメイク&雑貨のお店、Dorothy Vacance に行ってきました。デザイナー兼オーナーのgonちゃんは中学の部活の先輩。私は一貫校を高校進学とともに出てしまったので、部活ネットワークとは少し疎遠になっていたのだけど、彼女がお店を開いたことは風の噂で知っていた。家からとても近いこともあって(バスで一本‼︎)前々から足を運びたいと思っていました。

しかし、最後に会ってからのブランクが長くて照れ臭かったりで、なかなか思いおこせず、でもやっぱり行きたくて、今週末やっとやっと意を決してお店にお邪魔できました。


*定番商品の一つフリンジゴム

Dorothy Vacanceのまずはじめの魅力はそのデザイン性と色遣い。目の覚めるようなビビットな服や小物の数々。たくさんの色を使っているのに全くチープに見えないのは、gonちゃんの抜群のセンスの成せるわざ。
(中学のころ、彼女にスタイリングをしてもらっていた私たちはなんて贅沢だったんだろう)

もうひとつの魅力はそのボーダーレスなデザイン。Dorothy Vacanceは店内にgonちゃんの作業場もあるのだが、そこに溢れる素材は世界各国のもの。トルコ刺繍に、インドのボタン、タイのフリンジに、パラグアイのレース。文字通りに世界中から

そのcultural nomadityに流浪ライフを送ってきた私はたまらなく惹かれる。
たくさんの場所から来てるのに、そのどれでもなくて、独自の個性を放っているのがとても魅力的。
各地から渡って来た手芸品がDorothy Vacanceにシャラシャランと集まって、新たな魅力を織りなす様はまるで万華鏡をみるよう。


そして、なにより店主のgonちゃんが素敵。すでに書いたとおり、部活の繋がりとはブランクがあった私はなんとgonちゃんと会うのも10年ぶり。実は結構ドキドキしていたのだけど、その時間を感じさせないほど彼女は暖かく迎えてくれました。わざわざお茶まで出して頂いて、購入したヘアゴムも希望をその場で聞いて仕上げてもらい、その心遣いが嬉しかった。
話に華を咲かせるうち、時間もあっという間にすぎて、とてもとても、すてきな週末のひとときになりました。


わがままなオーダーメイドもさせてもらったので、来月そのコを迎えにくるのがたのしみ。


*実は、私も旅行先で手工芸品を集めるのが大好きです。
gonちゃんのお店から帰ってわたしもまた何かつくりたくなりました。
上はわたしの旅先素材コレクションの一部。

2014年5月20日火曜日

Fiskars

ヘルシンキ以外にもう一つFiskarsという街を訪ねた。
Fiskarsは職人の街。

元々は製鉄や銅など、重工業で栄えていた。
その中で生まれたのが、街の名前をそのまま冠する
はさみブランド ーFiskars


オレンジの柄をはじめてオレンジにしたのもこのFiskarsだそう。

以降、重工業の衰退はするも、フィンランドは独自に見出したインダストリアル・デザインの拠点として、今に至ってたくさんの職人が集まる街だ。
1000人弱の住民のうち、なんと1/3がアーティストとその家族。


キャンドルショップ

おもしろいのは、これが行政の旗揚げで始まったまちづくりだということ。
上述のとおり、重工業の勢いが衰える中で、1980年、工業化やアーティストを約10名村に招聘。
以来、アートクラスター育成のための補助を行い続けており、アーティストと職人の街が製作拠点として移り住む街となった。
今では、職人の街としてのFiskarsの街づくり自体をこれらのアーティストが担っており、協同組合を中心として、マーケティングやイメージづくり、イベント運営などまで行っている。


駅前のセレクトショップ、モードなのに素朴

元々は外からの活力として注入されたアーティストたちが、今は”地元民”として、自らイニシアチブを発揮して街づくりに携わっている。
外から来た新しいものでも、それが新しい「地産・名産」になりえるのだなとおもえました。

日本でも、今瀬戸内トリエンナーレで名を馳せた直島のアートな島振興を筆頭に、ソフトな形での街のRevitalizationが見られる。最近でいえば、震災復興と芸術を絡めたとりくみも目に付くようになった。
アートというと、ついメディア的な商業色がつよいとか、価値判断が曖昧だとか、軽んじられてしまいがちだけど、物質的な需給が飽和状態にあるいま、感性による街の価値転換は私はとても興味深いとおもっている。





Fiskarsの職人のたちは冬は製作期間にあて、夏限定でショップを開いている。
私たちが足をは運んだときは、まだFiskarsのシーズン少し前だったけれど、それでもこの街の魅力は十分に堪能することができた。
最後にタクシーのおじさまが景観豊かな道を選んで、お話しながら走ってくれて、
素朴な赤屋根の家々、森に囲まれた澄んだ空気は、
冷たく身体にストンと落ちました。








2014年5月14日水曜日

アバンギャルドとシナモンロール

この旅行は実はずいぶん前から決まっていた。
チケットを予約したのはちょうど前回のインド出張のころだったと思う。
(わたしは今この記事をインド行きの飛行機の中でかいている。)

発端は母が銀座で目にした各国の観光局の展示会だった。
そこで、なんとなく目を引いたブースがエストニアだったそうだ。
その日帰ると、食後のテーブルに母はさっそく旅行パンフを持ってきて言った、

"ね、エストニアいかない?"

(ちなみにうちの旅行計画は大抵こんな具合にはじまる)

そのころ私は職場でかなりへばっていた。
ここで詳述することは控えるが、オフィスで不適合を起こし、
まだ十分に相談できる相手も見つけられず、
毎日不登校児のように会社にいくのが憂鬱だった。
日常に精一杯すぎて、旅行についてちゃんと考えるエネルギーはなかった。

"知ってた?フィンランドからフェリーで2時間なんだって"

横でパンフレットを広げた母は続ける。
そうか、フィンランドも近いのか。
かもめ食堂のような休暇はいいなぁ。
うん、悪くないかもしれないその旅行。
そこからは、相変わらず無気力なわたしを横目で、
旅行プランのプロの母があっというまに半年後のゴールデンウィークのチケットをとっていた。


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旅行に出かけてみて、フィンランドはとてもsustainableな国だと思った。街に出ると平日でも東京のような人ごみもなく、道にでるとまるで閑静な住宅街がずっと続いているよう。スーパーもあるけれど市場で買い物をしている人も多く、自転車で移動している人や、ジョギングしている人をとてもよく見かける。ヘルシンキにいると、人間の適性密度はこのくらいなのかなと思えてくる。


オールド・マーケット。果物が綺麗



Kaivopusto 公園。吸い込む空気がひんやり


日本ではいま、少子高齢化が社会課題の筆頭だ。でも、考えてみれば、本来自然の中でも動植物には適性なバランスというものがあり、それを超過したときには抑制圧力がかかる。いわば、生態系のホメオスタシスといったところか。人間はある種その自然を超越してしまっているわけだけど、それでもやっぱり日本は適正な生態バランスを越えてしまったんではないかなぁと思ったりする。もちろん、人口の減少過程には痛みが伴うわけだけど、規模が小さくなること事態はそんなに悪いことなのかなぁ、とフィンランドにいて思った。

Sustainabilityのはなしにもどります。
フィンランドは社会的な先進性をもちつつ、田舎っぽいオーガニックな部分を残しているところがとても特徴的だと思う。

ネオ田舎町、と呼びたくなるような面白いバランスがフィンランドにはある。




先進性とは漠然とした言い方だ。
この言葉で私がイメージしているのは例えば、学力水準。
PISA(国際学習到達度調査)というテストがある。3年ごとにOECD国際を対象に高校1年生の基礎学力を調べているテストだ。ゆとり教育の”失敗”以来、その順位に日本も一喜一憂しているわけだけど、このPSAでフィンランドは安定して高順位につけている。
2003年から2009年にかけては国別では総合一位。テスト項目や対象地域の定義が変更されてからも、教育トップ国としてランクしつづけている。

同じくOECD調査の男女平等ランキングでは2位(日本は105位)、一人当たりGDPは14位(日本は24位)、デジタルアクセス指数はにスウェーデン、アイスランド等に次いで80%、都市のQOLランキングと、EIUの生活しやすさランキングではヘルシンキがそれぞれ8位にランクインしている。

国の制度が社会保障をはじめとし、とても安定しているとともに、デジタル文化などの新しい取り組みの受容が高い。


カモメ食堂にも出てきたウルスラカフェ。フィンランドの定番、サーモンのオープンサンドとパンケーキ。

それが現れるのは制度だけではない。もっと身近なところからも感じられる。
フィンランドといえば忘れてはならないのがそのデザイン性の高さ。Marimekko, ittala, Aalto, 女の子なら誰だってときめくカラフルでポップなデザインがフィンランドにはある。

惜しげも無く使われる原色
隙間なくぎっしり並ぶモチーフ
シンプルでスパイスの効いた造形





Aalto建築の本屋さん、アカデミア書店。

まさにモダンを代表するポップアートデザインだ。しかし、そんな近代デザインが実用性を置いていかないのが、フィンランド・デザイン。
先にあげたフィンランド・ブランドはどれもみな日用品を扱うメーカー。

インダストリアル・デザイン。プロダクト・デザイン。実用品としての実用性、心地よさ、無駄を削いだ美しさを追究するPhilosophyがフィンランドには根付いている。フランス留学中、フランスは「美しき無駄」に贅沢さを見出す文化だと書いたことがあった。フィンランドは対照的だ。実用性の中にいかにそれを阻害しない心地よさ、機能を高める美しさを生み出すか、を考えている。


ittala のキャンドルホルダー

ヘルシンキ内のDesign Districtにあるデザイン博物館にいくとその真髄が体感できる。




私がみてきたのはヘルシンキとその周辺だけだから、その偏りはもちろんあるとおもう。

でも、港のオープンテラスでシナモンロールをかじったり、
色鮮やかなキッチン雑貨を手にとりながら、横目で夜の帰宅"ラッシュ"にリュックを背負ったサラリーマンがスルスルーと自転車を漕いでいく姿をみていると、このネオ田舎町の生活がとても羨ましくなった。


この国のシンプルでアバンギャルド、オーガニックだけど進歩的なところにとても惹かれたのでした。




フィンランドは世界二位のコーヒー消費国。


フィンランド定番の朝ごはんシナモンロール
カリカリシュガーが美味しい

岩を繰り抜いて作られてる Temppeliaukion 教会。反響する音が幻想的で、岩とモダンなつくりの組み合わせがとても素敵だった。


フィンランド出身の先輩がおすすめしてくれたEira地区。20世紀初頭から建っている建物が並ぶ地区。
少しレトロで雰囲気がある。

If only it wasn't that cold!!!
でも、寒くなかったら人が殺到しちゃうもんなぁ。
寒さもフィンランドがフィンランドとしてあれる所以?



2014年4月22日火曜日

Jalang Jalang in Jyogjya

Then why are you traveling?
-We travel just to travel 
(Motorcycle Diaries)

So I'm finally off my hard and enduring high season. My boss gave me a go for a few days off and so my flights were booked within a blink. I had that craving for the smell of "somewhere not here". To physically detach myself from the ordinary.
I had places and sites that I longed to visit, but more essentially it was traveling itself I so strongly so strongly yearned for 

Some tropical ray and carefree stay should pump in some vitamins for the mind and soul

なぜ旅をするの?
-旅をするためにだよ
(Motorcycle Diaries)

繁忙期がようやくおわり、
部署で突然「有給奨励月間」が言い渡された。
気が変わらないうちにしなくてはと思い、気づけばフライトチケットを購入していた。
「ここではないどこか」にどうしても行きたくて。
物理的に日常から離れたかった。
行きたいところなんて、いつだってたくさんありすぎる。
でも、本質的には「旅」それ自体がどうしてもどうしてもしたかった。

荷物をまとめて向かったさきは、


インドネシアはジョグジャカルタ。


A地点がジャカルタ(首都)で、
B地点がジョグジャカルタ

ジャカルタから飛行機で約一時間の同じジャワ島の都市。

名前が似ているので、"小江戸"のようなネーミングなのかとおもいきや、
実は正式な表記はYogyakarta(c.f.ジャカルタはJakarta)
発音ももともとは"ヨグヤ"カルタ。
元々、インドネシアは(旧宗主国)オランダ式のアルファベット表記。
ヤ行は"J"で綴る。
これを英語式に発音した時に、奇遇にも音が似てしまったとのこと。
地元では、もっぱら"ジョグジャ"の愛称で親しまれている。

そんなジョグジャは歴史・文化が豊かなことで知られる古都
日本で言うと京都と例える人が多い。
というのも、ジョグジャはクラトン(王宮)が今日にいたるまで連綿と続いており、
その繁栄とともに、洗練された芸術文化が発展してきた都市だからである。
最も有名なのがその遺跡や史跡の数々。
市内のクラトン宮殿やタマンサリはもちろんのこと、
やはり多くの観光客を惹きつけるのが、ボロブドゥール寺院と、プランバナン寺院。

    ボロブドゥール寺院


   プランバナン寺院

その他、ジョグジャを代表的する文化といえば、
バティックと呼ばれるろうけつ染め、銀細工、影絵劇、ガムラン音楽、ラーマヤーナ・バレエ等。

    バティック染め工場を見学。柄一つ一つに意味がある。


プランバナン寺院園内の野外ステージを使った
ラーマヤーナバレエの公演。
夜風に吹かれて見る舞台は一際気持ちがいい。
とにかく、文化芸術に触れる場には事欠かず、
とても、豊かな街である。
京都の「雅」な雰囲気がこれになぞらえられるのにも納得。
   *実際京都とは姉妹都市らしい。

そんなジョグジャは先に触れたとおり、ジャワ島に位置するのだが、
ジャワ人は日本人は似ているとよく言われるらしい。
Javanese are like Japanese but more relaxed
Japanese are like punctual Javanese
来る前に偶然話したジャワ人の人もいっていた。
その最たる例は、礼儀作法と敬語体系。
ジャワ語はおろかインドネシア語が一言もわからない私には具体的に説明できないのだが、
日本語の敬語がおそろしく複雑なのは言わずもがなだが、
ジャワでもその宮廷文化の影響で、大変厳格な敬語のしくみがあるらしい。
日本語でいうところの、尊敬語・謙譲語・謙遜語のような区分けがあり、
それぞれ、音が全く違うことは稀ではない。
日本語で、「食べる」に対して、謙遜語 の「頂く」と謙譲語の「召し上がる」
の二つがあるというようなことである。
(冷静に外から見ると、こんな複雑な敬語体系はすごく特殊である。
外国人だったら、なぜ、Taberu が Itadaku や Meshiagaru になるのか意味がわからないだろう。
私だって意味がわからない。)

数日たりきの滞在だった私には、これ以上の比較は難しいが、
滞在中に見聞きした人に限って言えば、
日本文化と親和性が高いという評価には納得できるものがあると感じた。
(それが、果たしてインドネシア性なのか、ジャワ性なのか、ジョグジャ性なのかはわからないのだが)
まず、アメリカのポップカルチャーにどっぷり浸っている
ご近所のフィリピンなどと比べて、
インドネシアはその傾向は薄いと感じた。
(繰り返すがジャカルタの状況はまた違うかもしれない)
音楽といえば、かかっているのはもっぱらJustin BieberにTaylor Swift,
女の子のファッションといえば、ピタッとしたタンクトップに美脚ジーンズ
男はLakersのバスケシャツ、
という光景は少なくともジョグジャにはない。

じゃあ、今やアジア域内で一世を風靡するKPOPが至るところを埋め尽くすかと
いうとそうでもない。
最近仕事で、アジアの女性の美意識についての調査を目にする機会があったのだ、
ASEAN6ヶ国の中で「美容、といったときに憧れる国はどこか」という質問に対して、
韓国を抑え一位だった唯一の国がインドネシアだった。

なんというか、一言で言うともっと地味なのだ。
ティネイジャーたちをとっても、
こう、きゃっきゃっしながら、でも少しシャイなかんじがすごく
日本のJKぽいのである。
例えば、インドネシアで今流行っているものの一つに「自撮り棒」がある。
これは友人もしくは彼氏/彼女と揃って写真を撮りたいときに、
カメラやスマートフォンを装着して前にかざすことで、
楽に自撮りができるという、優れものである。
ちなみに「自撮り棒」とは私が勝手につけた名前。
これが、とにかく至るかしこに出現していた。

あとは、最近はいわゆる日本でいうところの"肉食系女子"のようなボキャが流行ったり。
「ミニスカ×ケバい化粧×男を狩猟している」女の子を
総称してチャベチャベアン(=唐辛子女子)と呼んでネットではこれを揶揄ったイラストなどもでまわっているとか。
でも、こういう表現が生まれること自体、一歩引いた立ち回りが”スタンダード”だとされている一つの証拠だと思うの。

顔だけワントーン薄いのは厚化粧だから

それから.....
今回のインドネシア、私は初めて東南アジアのムスリム・マジョリティーの国!
国内がムスリム・マジョリティーであるどころか、インドネシアは世界一のムスリム人口を擁する国である。その中東圏との比較に興味があった。
今回は、そこまで徹底して宗教的側面を観察したわけではなかったけど、
一つ強く印象づいたことは、宗教的慣行と女性の社会進出が共存していること。
インドネシアで見る女性は女の子も含めそのほとんどが基本的にスカーフ(インドネシア語ではジルバブという)をかぶっているのだが、その風貌そのままにバイクをブイブイ飛ばしていたりするのである。
これはインパクトが大きい光景だった。

中東圏ではかたや最も厳しいワッハーブ派のサウジでは女性は車を運転することが法律で禁じられている。サウジの例は極端であるにせよ、少なくとも私が言ったエジプトやモロッコでは百歩譲って車はあってもバイクを乗り回す女性など見たことがない。
それから、ジルバブ以上に顔を覆うスカーフ類はみかけなかった。
インドネシアにもジュマ・イスラミーヤなど一部に過激派というのはいて、
私の想像では街中でみかける衣服ももっとグラデーションに幅があるかと思っていた。
逆に、動きやすい伸縮性ジルバブや、日差しのつばつきジルバブ、いちいち巻かなくてもよい被り式ジルバブなど、活動しやすく工夫されたものがよく目についた。
なんというか、実用性を非常にかねているのだ。

    ジルバブ屋さん。一番手前が伸縮性素材、奥のオレンジや緑は日差しつき。


インドネシアにおけるイスラームの歴史的広がりについては全く詳しくないのだが、
私の数日いた印象では、インドネシアの女性の方が信仰と利便性を区別しているのでは、と感じた。要は、信仰上の敬虔深くとも、かならずしもそれのために生活上の利便性を代償にはおかないということ。特にそれが衣服などそれ自体が倫理的本質を大きく問わないものについては、実用性を損なわない範囲で慣行しているのかなというのが、印象。
では、これは単にインドネシアの方が、「信仰が薄い」ということでは?
と問われそうだが、私はそういうことではないと感じた。
なぜなら、中東では一般的に女性はスカーフを初潮を迎えたときから着用する人が多いが、
インドネシアでは幼稚園児の年齢から制服としてジルバブを着ている子がとても多く驚いた。
また、ファストフードの飲食店にまでお祈りスペースがあったり。
宗教的な信仰・慣習はそこまで色褪せてはないのだろうと感じた。
アジア圏のイスラームの方がよりPragmaticなのか、これについては是非専門の人に伺ってみたい。


さて、考えてみれば、海外"旅行"は一年ぶりだった。
最後に行ったのは卒業旅行の南米だ。
ジョグジャに行ってみて、いかに異国を旅することが恋しかったかに気がついた。
本当にただただ当たり前のことなのだが、
海外出張は仕事だ。
その国をほとんど知ることもなしに帰ってくることの方が多い。
とてもとても狭く守られたカゴの中で決まった場所で決まった人と面会して、
その外はほとんど見ることができない。
初めて出張したインドでは目が飛び出るほどの高級ホテルと、先方のオフィスと
その間を移動するチャーター車がわたしの滞在の全てだった。
私がその一週間のあいだに知ったインド要素はインド料理と、協業先だったインド人パートナーくらいしかない。インドには行ったとはいえ、口が裂けても”インドを知っている”なんていえないと思った。

だから、ほんの少しでもジョグジャに住む人の生活が追体験できたことがうれしかった。
特に、インドネシア式リキシャ―、ベチャの心地よさと言ったら。
人力でゆっくりゆっくり(pelang-pelang)風を切りながら、移動するのはとっても癒された。
坂になったらバテた漕ぎ手のおじさんに「一回おりて」って言われて、
三輪車を手で押すおじさんの横で一緒に歩いたり。
深夜までやってるフルーツの露店でいいマンゴスチンをお兄さんに選び抜いてもらったり、
Warung(屋台)や、(三輪式の稼働屋台)で朝食食べたり、軽食つまんだり。

改めてお守りをしてくれた友人に感謝。私もまた東京でせっせとリキシャーこぐぞ。