2020年7月16日木曜日

人生は舞台みたいだけれど、やっぱり舞台ではなくて

ここのところ、とてもつらいことがあった。
自分が数年間積み上げてきたと思ったものが一気に崩れ落ちるような感覚で、
足元がぐらつく中でちょっとどうしいいかわからないくらいに自分を見失った。

大好きな舞台の音楽を聴きながら私は自分を役に重ねていた。
辛さに吸い込まれそうなとき、憤怒で拳をにぎりしめているとき、舞台の音楽の力強さに私はいつも救われる。
キャラクターの独白が自分の胸のなかでぎちぎちに絡まっているものをほどいて心象風景をあざやかにそこに広げてくれる。それはいわばカタルシスである。

Evanは心細さを、Janisが裏切られた自分を、ElphabaとMatildaは抑圧への不公平感を歌に乗せて重ねてくれる。

私は彼らの言葉をなぞりながら、安心する。
舞台は私に共感してくれるからだ。

でも舞台は私に共感はしてくれるかもしれないが、現実は舞台とは異なる。
ソロのバラードに乗せて私の周りの人たちが内面を吐露してくれるシーンはない。

私の話していた相手は八方美人のCadyか、流れに身をまかせるしかなかったEvanか、役に徹しながら本当はFor Goodを心刻むGlindaか、自分が正義と信じて疑わないFloroかはわからない。

相手の目を見ながら、メールの語彙一つ一つを手繰り寄せ、行間に見えない気持ちを探しながら、
悩むことしかできない。
だから現実は戯曲ではない。
相手の本当に考えていたことなんてわからない。
シーンはいつまでたってもすすまず、見えない相手の気持ちを確かめようと目を泳がせてるとき、
自分は暗転の中で立ちすくんでしまうような気持ちになる。

例えば、相手の気持ちを手に取ることが無理でも
自分がハッとスポットを浴びてモノローグで空気を握れたらいいのに、とも思う。
EvanがWords Failで嗚咽をあげながら告白するように、JanisがI’d Rather be meで自分を貶めてくる人に付き合ってる暇はない、と宣言するように、私だって自分が苦労してなんでもないフリをしなくてもよければいいのにと思う。
I wish I also owned the discourse of the moment と思ってやまない。

でも、Pippin がOh, it's time to start livin’, Time to take a little from this world we're givenというように、私や相手の気持ちがどうなろうと、現実のシーンは先に進む。そして、シーンは絶えず次に更新されていくからこそ、私は自分のこのプロットをどうにだってできる。
Matildaだっていっている、

Like Romeo and Juliette
Twas written in the stars before they even met
That love and fate and a touch of stupidity
Would rob them of their hope of living happily
The endings are often a little bit gory
I wonder why they didn't just change their story
…
But nobody else is gonna put it right for me
Nobody but me is gonna change my story
Sometimes you have to be a little bit naughty

私たちの現実は舞台ではない。
運命も、既定のレールもないし、エンディングなんてきまってない。
だから、今いるプロットが嫌なら自分でどうにだって変えることができる。
それはPippinが最後サーカス小屋を剥がしていくように。
これを謳っているのもまた舞台の主人公たちだということは、驚くほどのアイロニーとウィットである。

だから私は現実は舞台ではない、という冷厳な事実にたちすくみながらも、
また少しの余裕がでてきたら、自分の気持ちを舞台の歌に託すのだと思う。
私が舞台で演じきれなかったシーンを代弁してほしいという願いと、
これから自分が描きたいプロットに期待をよせながら。


ここ数週間自分を励まし、包んでくれた曲たち
自分の救急箱にしたくてプレイリストで残してみた。

2020年5月5日火曜日

居心地良さとソーシャルバブル

一昨年転職したときに、私は自分の比較優位が強い場所よりも居心地を求めていまの職場にきたとかいた。

語学ができる!「国際感覚」なる(なにかわかるようでわからないもの)がある!そんなことを武器にしていたコンサル時代から、身の回りに全員がそれを常識として働く国連にきた。

この一年半、私はそれはそれは心地よく働いてきた。自己弁護したり、それはちがう!と偏見と戦う闘士を無理やりやるようなことは激減した。それは私の日常の中で、仕事の本質以外でのストレス負荷を大きく減らした。

しかし、同時にいま私は新たなジレンマに直面している。感覚の近い人の多い集団を求めていくと、自分を取り巻くのはどんどん均質的になっていく。すると、その小さなソーシャルバブルが自分の社会生活のほとんどを占めてしまい、その外の感覚からはどんどん隔絶していく。
自分自身の心地よさと似たもの同士の中で隔絶されることの間のジレンマにいる。

例えば、私はいまジェンダーはニュートラルに扱われるのが普通だよね、という集団にいることが日常になった。すると、男女の分断が激しい集団や、家父長的な価値観に生に触れることは本当に少なくなってしまった。「これはこの集団が特殊なのだから」と意識できていることはまだよくとも、きっと私が深く内面化してしまい、勝手に「普通」だと思っている感覚は多くあるのではないかと思う。膠着したジェンダーバランスにある環境を指して、さもそれが簡単なことのように「そんなのさっさと女性を上にあげればいいのにね」なんてお花畑のようなことを言いかねない。

去年一年で私が一番ショックをうけた瞬間の一つは「あなたみたいな人がいるからトランプが当選する」と言われた時だった。
その言葉は自分のclose kinから出てきた言葉で、それがさらに私を鋭く刺した。

相手が(少なくとも私が理解するかぎりにおいて)示したかったのは、私のように自分のソーシャルバブル外で起こっていることから隔絶されていると、establishedな社会層が自分の「普通」が社会全体に共有されてるんだろうと盲目的に信じ、アメリカ大統領選の時のように社会の流れを読み誤る、ということだった。

ここで、トランプ政権に対する評価や、価値判断を語ることはしないが、私が自分に近しい人たちの殻にこもった結果、過激な思想をパワーにのし上げてしうるという指摘はとても打撃が大きく、ショックだった。

トランプの当選、BREXITの国民投票についての論考はしばしば社会の分断、establishedな社会層の感覚のズレ、という観点から語られた。
「私たち」が「普通の感覚」、「みんなの感覚」として信じてきたものは、そうではなかったし、
マイノリティーでさえあった。それは「そうだそうだ」と声を揃える集団の中へ、中へと多くの人が閉じこもり、それが世間の全てだと誤解したからだった。

しかし、このソーシャルバブルを破ろうとする努力は個人の日々の幸せを追い求めることとは時に逆行する。
決して心地よい作業ではない。
例えば、昨今のCOVID-19危機をうけて、ネット上にはいつも以上に心のひだに爪を立てるような言葉が飛び交うようになったと感じる。
日本における中国に対するスティグマ、ヨーロッパにおけるアジア人へのスティグマ、
様々な事情によって個人の安全と福祉のために日本に帰ってくる在外日本人に浴びせられる批判の矢、
公僕として働く人たちに対して、その背景とリソースをみずに、むやみやたら叩く言葉

それはみていて自分の中が掻き毟られるように痛痒いし、見ていて心地よくない。
はっきり言って不快である。
自分のまわりでも、ソーシャルメディアで特定の語彙をスクリーンアウトして見えなくする設定にする人も出てきた。
頭の中のノイズは減るし、心理的なストレスも軽減される。
その方が心の安寧のためには良いと私も感じる。

でも、そのノイズ切るスイッチがなかなか押せない。
というより、押してはいけない、と自分の指を止める声が頭の中で響く。
それは、冒頭にのべた言葉が脳内にジンジンと蘇るからだ。

このままヒリヒリとするような言葉をミュートしてしまったら、
私は一層ソーシャルバブルの殻の中に身を閉ざしてしまうのだろう。
その危機感がある。

ましてや、私はすでに自分の日々の環境という点では、日々のヒリヒリやストレスが嫌で、そこを振り解いてきてしまった。
私は自分の日々の居心地の良さと引き換えに、自分と異とする価値観に触れ合う環境を後にした。
多様性をもとめてこの環境にきた、と私は繰り返し呪文のように唱えてきたが、
立ち止まってみると、私は一つの多様性のために、別の多様性を後にしたという方が正確なのかもしれない。

先週実は某職のための就活の面接を受けたのだが、1時間かけて行われた面接の中で面接官が聞いた質問は
「多様性をあなたの言葉で定義してください。その上でinclusion(包含)とは何かあなたの考えをのべてください」
だった。それはもっといえば、「多様性をみとめない」という価値観をどう多様性として受け入れるか、という本質的な問いにもつながる。

私の職場では、ダイバーシティを尊ぶことは踏み絵だ。

候補者がこの質問に対して「多様性なんてものはいらないし、インクルージョンなんて労働効率をさげる」なんて言おうものなら、その瞬間に選考から一発アウトを喰らうことをこの業界の全員が知っている。

人の選抜からこのような基準を設けている。私の周りは国籍も宗教もジェンダーも様々だけれども、全員が口を揃えて「社会的属性に基づく差別はいけない」「基本的人権はいかなる状況でも与えられるべきものだ」と息をするように述べる。規律教育のたまものではなく、それを全員が信じているというある意味異様な空間だ。
多様性や人権についての考え方についてグラデーションのほとんどない、とても均質的な集団である。
私の今ついている国連という職業の一つのミッションは世の中にある偏見や差別を取り払うことである。
しかし、その中にいるほとんどの人は、そのような偏見や差別に日常的に浸かり、その摩擦と心をすり減らすという日常からは遠ざかっている。
ある意味、それは見えないなにかを掴む作業である。

人は「だから国際機関は」と均質性に染まった私たちを指差すかもしれない。
もちろんその批判は組織としては甘んじて受け入れるべきだ。
しかし、それぞれの構成員の幸せを考えた時に、差しかけた指は止まる。
なぜなら、彼らの多くもただただ自分の日々のストレスやノイズを取り払いたくてそこにいるからである。
自分が心地よい場を追求するのはその人個人の自由である。
あらゆる人にそう願うように、彼・彼女たちにもなるべく心安らかに日々を過ごして欲しいと願うし、
自分の日常もなるべくであったらそうであってほしい。

この投稿に残念ながら結論はない。
自らの幸せで安らかな日常を求めたいという基本的で実にシンプルな欲求と
均質的なソーシャルバブルの殻の中でその外の流れに盲目に自分になるまいとすることは、
本質的に相反する営みであり、ジレンマをうむ
そのジレンマに自覚し、葛藤することこそが外に目を開くことそのものなのかもしれない。



ヨーロッパでは日が長くなってきました。先日気晴らしにお弁当をつめて湖畔(近所)で夕飯ピクニックをしました。


人はこれだけ非常事態でも、花は黙っていつも通り咲く。季節はもうすぐ初夏









2020年2月10日月曜日

Matildaと労働

先日久しぶりに舞台Matildaをみた。私にとっては思い出深い作品だ。初めてみたのは2014年。入社2年目のロンドン出張の時だった。舞台オタクなので、ロンドンやニューヨークに行くときは選択肢が多すぎて頭を悩ませるのだが、その時は迷うことなく、真っ先にMatildaを予約した。

転職して2年も経ったので、closetの中でなくても話せると感じはじめたが、私は前職時代本当に苦しんだ。どんな場所に旅行しても壊したことない胃腸が自慢だったのに、入社半年で逆流性食道炎になり、同じ年の秋には突然の腹痛で病院でそのまま5時間点滴につながれたりした。腹痛の原因は不明と言われた。「理由はわからないが、胃がものすごい炎症をおこしている」と。

食道炎の時と点滴の時のちょうど間くらいだっただろうか、初めての出張をした。その出張が入社以来の私のストレスと辛さを集約したような3日間だった。行き先はインド。ずっと行ってみたかった場所だったはずだった。でもインドについて私が触れることができたのは、ホテルにいたインド人従業員と、2泊で食べたインドカレーくらいだったことに嘆いた。夜、ホテルでベッドに倒れこんでふとYoutubeにあがってきた、Matildaのトニー賞受賞時のパフォーマンスをみた。見た瞬間、仕事着とメイクもそのままにボロボロ泣いた。机の上に上がり、顔を真っ赤にして叫び、ホッケースティックを振りかざし、怒る子どもたちがものすごくかっこよくみえたのだ。

だから、そのちょうど一年後にロンドンでMatildaをみたとき、私は文字通り号泣した。目の前のこどもたちが、私がいえないこと、抑圧されて私の中で窮屈にしている自我を代弁してくれるように感じた。それはある種のカタルシス体験だった。
例えば、School Song、子どもたちが新学期初めて小学校に登校した新一年生たちに対して

上級生が歌う曲なのだが、この曲に込められた皮肉は強烈だ。

So you think you're A-ble 
To survive this mess by B-ing a prince or a princess, 
you will soon C (see),
There's no escaping trage-D .
And E-ven If you put in heaps of F-ort (effort),
You're just wasting ener-G (energy),
'Cause your life as you know it is H-ent (ancient) history.
I have suffered in this J-ail .
I've been trapped inside this K-ge (cage) for ages,
This living h-L(hell),

え、おすまし顔してこのカオスを生き延びられるとでも思ってる?
すぐにわかるよ、この悲劇から逃れる方法なんてないってことを。
どんなに努力したって、それは労力が浪費されているだけ
だって、昨日までの君の人生なんてもう太古の歴史だから。
僕らもこの監獄で苦しんできたんだ
この檻の中にずっととらわれてる
この生き地獄

Like you I was Q-rious (Curious),
So innocent I R-sked (ask) a thousand questions,
But, unl-S you want to suffer,
Listen up and I will T-ch you a thing or two.
U, listen here, my dear,
You'll be punished so se-V-rely if you step out of line,
And if you cry it will be W should stay out of trouble,
And remember to be X-tremely careful.

私だって君達みたいに興味津々だった
無垢な目でいろんな質問したさ
でも苦しみたくなかったら、疑問はなげかけないほうがいい。
だから、一つここはアドバイスをあげるよ、だからよく聞いて
ここでは線を踏み外したら、厳格に罰せられるんだから
泣こうものなら、さらにきつく当たられるよ
問題は起こさないほうがいいよ
だから気を付けて


これは、私が感じてることそのものだった。
入社するまえのワクワク、緊張、自立したことへの誇り、
それを思い出しては、縛られたような窮屈と踏み外してはいけない規律については、
話してはいけないとおもった。
だって、「問題はおこさないほうがいい」から。
だから、舞台でこの曲が歌われているときに、声を潜めて話さなければならないような秘め事を大きな声で堂々と宣言されているような清々しさと感謝を覚えた。
それをほんの7-8歳の子たちが歌っているというアイロニーもすごい。
子どもは学校を楽しんで、行けることに感謝しなければならない、という無言の前提を一気にかき消すような全力の声がそこにはある。
内在した圧力を吹き飛ばすパワフルさがあるのだ。
(余談だが、このSchool Songの歌詞がA-Zの順になってるかっこよさも本当に痺れる)

私の周りをみると、日本人、日本で働いている人に特にMatildaのファンは多いように感じる。上記の私もそうだが、他にも何十も作品をみている舞台ファンがお気に入りの作品にあげたりしている。今回一緒にみにいった私のパートナーも、数か月前に初めてみたMatildaに衝撃をうけ、今回半年足らずで二人で再訪することにした。

日本はいまだ体育会型の厳格な規律が社会を駆動していると感じる。とくに労働において。第二次世界大戦を振り返ったときに、日本は権力が仕組みのなかに埋め込まれており、ドイツやイタリアのような個人のドグマを象徴として敷かれるヒエラルキーや、政治的カリスマに牽引される英米とはことなり、軍、という仕組みそのものが権力となっていたことが、その後の戦犯を裁く際もことを複雑にした、という声もある。(天皇制の理解の仕方にもよるので、あくまで解釈の一つではあるが)その後、日本は製造業を主軸産業とし、高度成長をとげた。一定の品質で生産を大規模化、効率化させていく製造業の性質もこの強い規律に駆動される労働規範に非常に合致していたのだと思われる。
いまや日本のGDPの7割はサービス業が担っている。しかし、日本はその就労文化はいまだ、軍国主義の時代、そしてそこからの大量生産の工場労働を維持しているように思える。

例えば私の前職であるコンサルを例にとってみたいと思う。
本来サービス業は提供するサービスの価値に対して対価が払われるべきだ。しかし、日本ではそうではないことが多い。日本は本当に暮らしやすい国だが、それは消費者としては、払っている金額に対してサービスが不均衡に過多であることが大きいと思っている。
コンサルも、本来であれば我々が提供してる価値、分析の質、得てきた情報の質、提案が与える示唆に対して払われるべきであると思う。しかし、現状そうとはなっていないところが多い。コンサルと一言にいっても細かく分けるとビジネスモデルは異なるかもしれないが、例えば私の前職では私の一時間の労働の対して単価がつけられ(これが私の給料になるわけではない)、何時間分の労働、またはそれに相当する成果をあげたかでコンサルタンシーフィーを顧客からもらう仕組みであった。(私の記憶が正しければ大手の弁護士ファームもそういったところが多かったように思う)。私のアウトプットの値がついているのではない。私の身に値がついているのである。もちろんその背景には時間を費やせば費やすほど良いものができるという推論があるわけだ。しかし、それは同時にコンサルティング会社が利益を出すためには常に長時間の労働をささげる以外にない、ということでもある。中には民間企業をお客さんにした場合に、アウトプットで評価してフィーを払ってくれる場合もある。しかし、その仕事で多くのお客さんが「量」で仕事を評価していたのを思い出す。

例えば新規事業立ち上げのためになるような参考事例を調べてほしい、といったとき、本来であればその新規事業に最も参考になるような良例をいかにだすか、ということが大事だとおもう。しかし、こういった事例を調べるときにも、「何十例だしてほしい」みたいなことを言われたりする。それは、その何十分の一であることが正当性を高めるからなのだが、別にその例は調査の際に3つ目にでてきているかもしれないし、絶対的な価値があるかもしれない、のにだ。

コンサルを目指す学生やその業界外から「高い専門性」で付加価値を提供しているというイメージをもたれている、なかにはコンサル自身もそのように勘違いしていることさえある。しかし、ほとんどの場合、クライアントに自社にはない時間と労力をお金で買ってもらう、というのがコンサルビジネスだ。コンサルの中で、自分がクライアントより優れているから、自分の仕事をできると思っている人がいるとしたら、それは思い上がりだと思ったほうがいい。クライアントにないのは時間と人手である、彼らは毎日の通常業務で忙しい。普段の仕事に加えて、言ったこともない途上国のビジネスチャンスを調べる時間なんてない、自社が未開拓の事業分野について参入可能性を分析する時間なんてない、マーケットの市場分析をExcelでカチカチやる若手がいない。だから、私たちコンサルを時間で買う。

コンサルというと激務がつきものだが、本質的にはそれは逃れようがないとおもっている。当たり前だ。だって、私たちが何時間働くか、でお金が入っているんだもの。労働が短くなれば得られるフィーは少なくなり、儲けは減るのである。

少し脱線したが、こうした労働集約的ビジネスの場合、強い規律は非常に大事だ。いかに長い間人を労働に従事させ、生産性をおとさずにを稼働させるかが大事だからだ。行動規範は厳格に、一糸乱れず前進することがマネジメントのコストをさげ、効率を高める。上記は私が知っているコンサルの例だが、サービス業がGDPの7割を占めるようになった今も日本の多くの業種は労働集約的な工場労働に近いのかもしれない。厳しい規律のもとに、自分の時間をささげることで価値を生むような生産活動をしながら、私たちは自分たちをマチルダのこどもたちに重ねるのであろう。先のSchool Song を初めて聞いたとき、私は新人研修の時に言われたことを思い出した。
その研修講師は私たちの前に立つと言った、この研修の中では3つのルールがある、と。
最初の二つはもはや覚えていない。互いに協力しましょう、みたいなことだった気がする。最後に彼はいった「そして、3つ目のルールは、ルールを守ること」。
ぞわっと寒気がした。中身がないルール。
なにがルールであれ、それを守ることを約束させられる。全体主義だとおもった。
大げさかもしれない。なにをいってるんだ、たかが研修だろう、その数時間の研修会社が内容をこなすためのだけの道具だ、と。でも、私はいまだ忘れられない。それは問うことを殺すような一言だった。ただ規律に従うことを「研修」で教えている。この講師は前職の職員ではなかった。しかし、むしろ様々な会社が彼にこの「ルールを守る」研修をたのむことで彼は仕事をしていたともいえる。だから、「疑問はなげかけないほうがいい」し、「線は踏み外しちゃいけない」。その研修講師の前に起立して並ぶ私たちはまさにTrunchbullの前に顔を強張らせMatildaたちだった

Matildaはよくキッズミュージカル、と形容される。しかし、この作品をキッズミュージカルと呼ぶのはあまりに過小評価だと思う。キッズが出演者の大半を占める、という意味ではキッズが出てるミュージカルではある。しかし、それは学校という誰もが経験する規律教育を通じて、圧倒的な皮肉とともに「線を踏み外しちゃいけない」大人たちに送る応援歌なのである。



2020年2月3日月曜日

あなたが嫌いな日本の会社っぽさは、日本の外ではあなたの強みかもしれないー国連にみる一見日本的な企業文化ー

海外の企業で働く人、国際機関就職者、などをみると一辺倒に、「日本/海外」、「日本の会社/国連」という二項対立で語るひとが少なくないように思う。その中には、海外の会社はこれがいい!とか、日本の会社に比べて国際機関はこんなにいい!と手放しに海外の会社や国際機関を礼賛するものもあって、びっくりしたりする。

自分の好きなものや嫌いなものがあるとして、それが何によるものなのかは冷静にみつめることは大切だと思う。それは自分がいる会社が素晴らしいのかもしれないし、上司がすばらしいのかもしれない。本当に、「日本」、「国際機関」というところがポイントなのかは検討に値するかもしれない。

例えば、日本の古臭い企業文化、非効率の助長している要因としてしばしば挙げられるものは
国連の中でも散見されるものが多い。




これらは少なくともうちの組織や、話を聞いたいくつかの国際機関では珍しくないことではないようです。
仕事をしない老害が窓際にずっといる、管理職のローテーションで全然専門外の上司がきて困っている、こんなこともよく日本・海外の対比で聞かれますが、これも国連にもみられる現象です。

私が就職してからずっと心にとめていることとして、人を恨まず、構造を恨め、というものがある。基本的に組織においては、絶対するべきではないことは懲罰的措置がされ(情報漏洩したら処分など)、積極的にしてほしいことにはよいフィードバックが与えられる(売上に貢献したからボーナスアップ)。ある行動が蔓延しているとしたら、それには大抵それが助長されるような構造がある。だから、日本であろうと、海外であろうと構造が同じだと同じような言動が見られるようになる。

国連組織は基本的に官僚組織だ。私たちが小役人的仕事をしているということは前の投稿にも書いた。

加盟国はお客様、となりの機関は競合他社ーコンサルモデルとしてみる国連ー

国連で働いていると、普段の私たちは各国に対して指導的立場でかかわり、超国家的な権力で秩序を築いているという印象を与えていることが多いらしい。それは、おそらく本や、授業、世界史や時事で出てくる国連が人道的介入のような形で行動している事例が多いからなのではないかと思う。 ...


役人というと霞が関の官庁を想像されそうだが、官庁から市役所くらいの幅を想像してほしい。さて、官僚組織の中で特異にみられる現象の一つとして、会議のための会議というものがある。会議を開いて各部署から関係者を呼び、議題に沿ってみんな好き勝手話すけど、特にそこで意思決定がされるわけではない。国連ではこれをよくcoordination とかconsultationと呼ぶ。これらの会議がある意義は、二つ。

 ‐意見の代表性を担保すること
 ‐批判の事前予防

ある取り組みを進めるにあたって、テンプレ的な意見は「この取り組みは関係者全員の同意をとっているのか」。特に公共セクターにおいては、「全員」が強調されることが多い。Selective ではなく、Inclusiveな意思決定文化である。公共の利益を実現しようとしている故の文化だ。組織の幹部に説明するにあたっても、お金をだしてるドナーに説明するにあたっても、このピースが欠けることは許されない。すると、意見を聞きましたね!という場を設けることがとても重要になる。大した意見もでない、というのはむしろいいサインの場合もある。「特に是正するべきところはないので、そのままどうぞ!Keep Going」ということなので。大した意見が出ない会議を経ると、晴れてこの取り組みは「Consultした結果、全員のコンセンサスを得られました」と表立っていえることができる。
二つ目は、一つ目にも関係するが、意見を聞く、という姿勢事体が批判を牽制することにつながったりする。「は?そんなこと知らない場所でやってたの?何これ意味わからないじゃない」という憤りのほとんどは、「自分の知らないうちに」というところにかかっている。説明の場を設けて、他の人もいる目の前で建設的な議論をすることはあとあとの本質的な批判を受けることを予防することにもなる。
さらに、この会議のための会議を前にして、この人からは厳しい意見がでそうだなーっておもったら、するのが事前の根回しである。会議のための会議は概ね了承を得るためにするので、大きな意見の衝突が予想される場合は、事前にそのネゴは行っておくのが常だ。
Inclusive な文化に基づき、加点を狙うより、減点を避ける官僚の労働倫理において、会議のための会議や事前の根回しはまだまだ果たすべき機能が大きく、こちらでもなくなる気配はない。


体育会文化もそうである。うちの組織は数百のオフィスを持っているが、同じ組織の中でも、
・作業の量と迅速性
・資金調達
を人事評価メーターにしたところはたいてい、厳しい体育会文化が育つ。
多くのことを早くやればやるほどよくて、お金を取ればとるほどよい、ということなら、
四の五の言わせずひたすら人を働かせるのが最も効率がいいからだ。
逆にチーム全体の働きやすさやスタッフの心身のケアをする責務についてマネージャー強く監督するようになると一気に体育系マネジメントは鳴りを潜める。もちろん、人格者な体育会系の人もいるが、厳しい体育会文化の下では合わないひとはつぶれてしまうことが多い。

そもそも海外!という主語が日本以外の190か国以上を十把一絡げにして、ありとあらゆる企業や文化を語ろうとしているので無理がありすぎるのだが、もしあなたが「今日も決済上げるためにハンコにかけまわり、会議の事前根回しして、隣の部署とはちっとも情報共有できてないし、日本企業なんて嫌だ!海外にいきたい!」とおもっているなら、転職先のビジネスモデルやマネジメントカルチャーはよく見てから吟味するといいと思う。
私は今の組織をとても気に入っているが、それは今までいた組織に比べて、ダイバーシティが当たりまえとされていて、フラットなマネジメント文化が際立っているからだ。
逆に上記にあげたような、会議のための会議や根回しは毎日のようにあるし、部署ごとのたこつぼ化(こちらではSylosという)はかなり激しい。しかし、これらについては私はあまり気にならないたちなので、逆に自分の強みになると思っている。こういう役人的な仕事が好きじゃない人は多い。それが苦にならないということだけで能力になる。(ということはこちらにきてよくわかった)

むしろ、官僚でなくても、民間でさえ役人ぽい仕事の仕方がしみついた日本の企業の出身者は国連の基幹業務(本部とか政策連携とか)に向いてるのではないかなぁというのが私の意見だ。
同じように日本でビシバシ体育会で鍛えられた部活出身者や、商社・ロジスティクス系の業界出身の人は、国連の中でも緊急人道側のお仕事で本当に強みがあると思う。あの特殊なカルチャーにフィットする人材は世界を見渡しても稀有だと思う。それが居心地がいいなら、それは能力なので自信をもったほうがいい(それが苦手だった私みたいな人材にはわるいことを言わないから、国連の中では開発側をすすめておく)
(緊急人道と開発の社風の違いについてはここでは割愛するが、詳細はこちらを参照)
「初めての緊急人道支援」体験記

日本の会社はこれだから疲れる、これだから窮屈だと考えて海外や国連を目指す人も少なくないと思う。日本のいまの自分の企業にないものを求めるのももちろんいいと思う。でも、まずは一度立ち止まって、自分の嫌いなその慣習や文化がどんな構造を背景として存在しているのか考えてみるのは、そう悪いことではないようにおもう。そうするとおのずと自分が次に目指したい場所、それが日本以外の国のほうがいいのかも浮かび上がってくる。
でも、もっといえば、日本の会社っぽい場所を見つけて、それを逆に強みに利用するのも手かもしれない。日本特有だと思ってる文化も、構造を同じくする全く違う国や業界でもしかしたら共通する文化かもしれないから。

先週出張で訪れたウクライナ、キエフ
ご飯がとてつもなく安くておいしくて、空色屋根のエレガントな教会建築が綺麗な素敵な場所でした。
こんなに寒くなくて、私がロシア語を話せたらぜひ住んでみたい街だった

 






2019年11月8日金曜日

知の地平とその先に秘められた暴力と

31歳になりました。
ジュネーブに越してきてから1年4か月、
毎年のように思うことですが、今年は特にあっというまに過ぎていった一年のようなきがしています。
この一年と少し、あまりにもたくさんの変化があり、
驚くほどたくさんのことを経験し、それらを頭に浮かべ振り返るだけでも、その濃密さに頭がくらくらします。
文字通り酸いも甘いも経験したこの一年を経て得た学びの一つ、
それは、無知は人を傷つける、ということでした。

人はだれしも全知ではないし、私自身恥ずかしいほどに、自分の視界が捉えられる世界は狭いわけですが、
それはあくまで自分自身への制約であり、自分のケイパビリティ―の分界を示すものであるとなんとなくかんじていた。
受動的な形で自他に限界を強いてしまうことはあっても、能動的に人に作用するものではないと無自覚に感じていた。
しかし、無知は人を傷つける。
自分の知を超えた先に地平が広がっていることに無自覚であると、言葉や振る舞いは、あまりにも簡単に暴力になりうる。
「無知の知」とは、ソクラテスが説いた言葉として有名だ。
私はこれを、現状を常に不完全ととらえ、常に知を探求する志として理解していた。
さらなる知を追い求める野心とそれを駆動しつづけるバイタリティーといってもいいかもしれない。

しかし、いま改めてこの言葉を噛みしめながら、
この言葉が意味するところ、それは自分が広大な無知のなかに立ち尽くしていることに自覚的になることで、
自分の秘めた暴力を省みて、自制することの大切さでもあるのではないかと思っている。

誕生日に書く言葉としてはあまりに暗鬱に聞こえるかもしれないけれど、
これはこの一年で自分の視界に靄をかけていた思考のベールを一枚はぎとるような気づきをもたらしてくれた。
自分があまりにも心無い暴力や不条理を目の前にしたときに、
私はいつも大学で知の巨人たちに教わってきた、ものごとを構造化する思考に助けられてきた。
自分が今目の前にしている圧倒的な悪意や暴力に思えるものも、
それは構造的につくりあげているものではないか、という視点をもつと、
その悪はその個人のパーソナリティーではなく仕組みにあるのではないか、と理解することができる。
そうすると目の前にいる人の悪意という自分にはどうしようもなく、生で触れるのはどうにも辛いものに原因を帰することがなくなる。

無知の暴力はこの思考をさらに先にすすめてくれた気がする。
また、自分の知の地平の先にある広大な無知は暴力を秘めているという自覚は、自らの謙虚さと誠実さを常に思い出させてくれるように思う。

31歳にして、まだまだ自分がここまで大きく価値を揺さぶられることに驚きながらも、
なにより、そんなアップダウンを経ても支えてくれるパートナー、家族、友人に手放しの感謝を届けたい。
そういえばこの一年の一番大きな変化の一つは婚約したことでした。
一年前は想像もしなかった変化だけど、そんな無知と暴力にもかかわらず、自分を受け入れ、支え続けてくれる彼の寛容さに果てしなく驚き、感謝してます。
ダウンもたくさんあったけど、仕事はたのしいし、旅行も観劇もたくさんして、友人と家族に恵まれるという、こんなにも幸に恵まれる僥倖は自分の人生の中でも特筆すべき状況なので、
それを楽しみながら、去年に引き続き、たくさんの根を張り巡らせ、しなやかな幹をつくる年輪をまた重ねられる一年にできればと思います。



2019年10月10日木曜日

加盟国はお客様、となりの機関は競合他社ーコンサルモデルとしてみる国連ー

国連で働いていると、普段の私たちは各国に対して指導的立場でかかわり、超国家的な権力で秩序を築いているという印象を与えていることが多いらしい。それは、おそらく本や、授業、世界史や時事で出てくる国連が人道的介入のような形で行動している事例が多いからなのではないかと思う。
もしくは、一国の開発の話であっても、「xx国さん、もっとこうした方がいいよ、ほらここはやってあげるからさ」なんて言いながら介入している光景が想像されるからかもしれない。このイメージが完全間違っているかというと、そういうわけではないのだが、実際に働いていると、国連はもっとずっと小役人というか、平たく言えば下請け業なのである。私は前職は日本で省庁や公共団体の仕事を下請けするコンサルだったのだが、国連の仕事や立場というのは、私の前職の公共コンサルと酷似している。心機一転!といって転職したはずだったので、なんだが笑える話である。

この話、「国連業界」の業界人は当たり前のようにすぐ受け入れてしまう話なので、私もあまり疑問にも思っていなかったのだが、話すたびによく驚かれるので、今日は少し、国連というビジネスモデルについて話してみたいと思う。

国連は大きくわけて、財源を3つもっている。1つは、分担金。毎年、加盟国が定められた額を払うものである。もちろん額は国のステータスなどによっても違う。カードや学会の年会費、くらいにおもってくれればよい。2つ目は募金。これはレジ脇においてある募金箱のようなものから、法人がCSRのために行うようなより大きな額のものまで含み、要は国に紐付いていない出資。3つ目は、ある加盟国が特定の国でプロジェクトを実施するために国連に下請けとしてお金を出す場合である。

ほとんどの人がこのうち1つ目しかおそらく知らず、リマインドされて、あー、たしかに募金箱ある、となり、3つ目に関しては聞いたこともないと、というところだと思う。でも、実際ほとんどの国連機関では3つ目の財源が半分以上を占める。ユニセフなどは2つ目の募金が大の得意なので、その割合は機関によっては違うものの、大抵のところが多い順に下請けマネー→分担金→募金だろう。うちの機関にいたっては財源の9割がこの下請け業によるものだ。国連とは多くの国が拠出した資金が財源としてプールされ、特定の国に紐付かないことで、国際益を実現しているという印象が強いと思うが、それは国連ビジネスのほんの一部の話である。そのため、ほとんどの仕事は特定の国から発注され、そのドナーの目的を達成するために実施される。

構造としては、前述のとおり、コンサル(やその他の公共調達等)と一緒で、特定国から、プロジェクトの公募がでて(これは全世界の国民だれでも見れるように公開されていることが多い)、それをみて、国連側が企画書をだして、コンペの結果、そのプロジェクトを受注し、実施するのである。いや、そもそも公共調達の世界や、コンサルの世界がなじみがないので、そんなこと言われても、って感じかもしれない。
さらにざーっくりと捉えると、例えば会社で営業やプロマネをやった経験がある人ならば、相見積もりと企画書をだして、自分が案件をとってきたり、または自分が発注側として逆に外注先にだしてもらって、業者選定をしたりすることは多いのではないかと思う。
要は、国連もそんなことをして仕事をとっているということである。

意外だろうか?

出稼ぎにいくまでの8か月間、私は本部にいたので、
いわゆる、経営企画のようなことをしていたのだが(これについては詳細は過去の投稿を参照)出稼ぎで現場(いわゆる支店)みたいなところに行ってみて、もうこの下請け業の世界にどっぷりになり、途端に仕事の中身が前職に酷似するようになった。

さて、ここまで下請け業とか、コンペとか、ビジネスモデルと言った言葉を使ってきたが、あなた方、民業じゃないじゃない!競合いないじゃない!と思った方もいるだろう。そう思いますよね。国連は唯一無二だし、コンペといいつつ、随意契約じゃないか、一社一本釣りなんでしょ?と思われるかと。

いや、それがですね。
うちの業界ものすごい競合が多いんですよ。
しかも市場は飽和状態で、競争は熾烈。

国連にとっての、競合他社、それは国連です。
ん?と思うだろう。
私自身もいまだ全体像を把握していないのだが、国連には40近くの機関と、それを超える様々な下部組織がある。100はないだろうが、ざっくりみつもっても60-80は独立して活動する機関や組織がある。下記は、国連の簡略な組織図。全体を網羅していないが、まぁ、なんとなくその規模感や複雑さはつかめると思う。

(出典:https://www.un.org/en/pdfs/18-00159e_un_system_chart_17x11_4c_en_web.pdf )

ちなみに先日国連総会でグテレス事務総長が、国連が230億円の赤字であり、資金が底を尽きた、という声明をだし、日本のメディアでも話題になっているが、これは、国連本部の事務局の予算に関する話である。いまから詳しく話すとおり、上記の機関のほとんどは国連本部からの予算分配はうけない独立採算であるため、この赤字の影響は直接はうけていない。いわば、日本で各省庁がそれぞれ財源をもっていて(共通国庫から財務省が分配するのではなく)、そのうち内閣官房だけ深刻な赤字になった、みたいなイメージである。

さて、冒頭で国連の三つの財源について話したが、これ、少なくとも一つ目の分配金については、一つの公庫にあつめられて、予算配分されていると思われる方も多いかもしれない。しかし上記の話からも分かる通り,国連本体に紐づいてる委員会や部署以外、機関はそれぞれすべて独立採算制です。そういう意味では国連は一社ではなく、財閥といったほうが近い。しかも、財源も、その獲得手段もみんな同じときている。
そのため、ある国が「プロジェクトの発注を公示」すると、その瞬間、UNDP、ILO、UNICEF、UNHCRが一気にみんな手をあげて、そのプロジェクト受注をめぐってみんなで競争することになるのです。国連では特に現職の事務総長の下、One UNとして、いまよりも効率性や、連携を目指しているが、それでも、このビジネスモデルが変わらない限り、結構限界もあるのではないかと思うのが正直なところだ。

例えば、アメリカが「労働について、SDGsの推進に資するプロジェクトを1.2憶円で1年間発注する」と宣言したとして、

  • UNDPは同国の多面的な貧困に資するプロジェクト形成を目指し、特に労働に焦点をあて、キャパビルプロジェクトをする、といい
  • ILOは民間セクターと連携しながら、エシカル・リクルーティングの推進を実施し、労働搾取を軽減する、と提案し、
  • UNICEFは同国で広く観察される児童労働に着目し、これの根絶にむけて、意識情勢のキャンペーンをする、と企画し、
  • UNHCRは同国の難民が労働市場で強く差別されている現実に鑑みて、難民の地位向上のため、制度上の改革を目指し、同国政府と省庁間ワーキンググループを開催する、などとアピールする、

などということが起きる。
それぞれの機関は、自らの「労働」についての強みを示し、同国でのプレゼンスと自分の機関のキャパシティを示した上、
自らが最もその1.2憶の労働プロジェクトをやるにふさわしいと提案する。
そして、その結果そのドナーの意向に最も沿い、信頼を勝ち得た国連組織が、そのプロジェクトを下請けされるのだ。
もちろん、そのプロジェクトの実施にあたっては、随所にドナーの「ブランディング」がされる。
これについては要求が年々厳しくなってきており、そのプロジェクトで作成される対外向けの資料、ウェブサイトなどはすべて「日本」「EU」、「アメリカ」等と大きくロゴとともに示され、中には、そのドナーの広報を行うためにTシャツ、ノートなどキャンペーングッズなどを作成するための特定の予算が確保されていることもある(私が派遣された某国オフィスにも日本の国旗が一面についたIDストラップやシールが大量に平積みされていた)。

国連は財閥全体としても、各機関の中でも不整合や重複が多いといわれるが、ビジネスモデルをみるとそれはなんら不思議なことではない。
国際益として最大公約数を実施できる部分はほんのわずかである。
ほとんどはある特定の一国ドナーの手足としてプロジェクトを実施しており、その無数の下請けプロジェクトの集合が国連をかたちづくっているので、
全体としての統合することは非常に困難なのだ。







さて、上記では自らの強みを示し、下請けされるにふさわしいと示すことができた機関こそが活動できるという話をしたが、個人のレベルとしてみても、コンサルがそうであるように、「仕事をとってこれる人」というのはこの手の下請け業の一つの「できる人」の定義だ。(ないがしろにされるのが“マネジメント”であるのもまた同じだが、この話はひとまずここではおいておく)

上述のようにドナーによってプロジェクトの発注をする場合、
まずはコンペが実施されることが公示され、同時にコンペのための応募要項と応募用紙が大使館や本省からまわってきて、それをにらみながら、せっせとドナー国の戦略や彼らにとっての優先分野、刺さる言葉などを使いながら、「この案件、うちに下請けだしてくれれば、こんなことできますよ」っとまさにコンペ資料を書くのである。
私の周りを見回すと、まだまだ民間から直接国連に来る人は少ないが、このコンペで仕事をとってくる型の職種にいた人は非常に国連の現場では重宝されるとおもう。
特に、官公庁との事業や補助金などに慣れていればなおさら(もちろん、公務員として審査する側もやっていた人も)私は、いわゆる人が想像するような「国際協力の現場の仕事」や「草の根支援」はしたことがない、東京のオフィスワーク歴4年半でこの業界に入ったくちだ。分野に固有の知識(e.g.途上国における若者雇用支援、人身取引被害者に対する直接支援などなど)はほとんど持っていないし、ハンズオンとよばれるようなオペレーションの知識もない。しかし、それでも「応援出張」という枠組みで現場にあえて派遣され、重宝されたのは、私が公的機関に対するプロポーザルを書きなれていたからだった。
どんなに難民支援がしたくとも、若者に活力を与えたくとも、資金がとってこれなくてはなにもできない。

二つの大戦が生んだ超国家的組織、世界の政府、というイメージが強い国連だが、
安保理の拒否権問題などを持ち出すまでもなく、
そのビジネスモデルをみるだけでも、国連がむしろ加盟国につよく従属しており、その国益実現の下請け先になっていることはよくわかる。
国連を巨大な財閥でありとして捉え、中にいるのは、全て同じ顧客をもった競合他社、と解釈すると、また見えてくるイメージや、ニュースから読める行間もかわってくるかもしれない。

2019年4月26日金曜日

空色のペンキが売れすぎる街

こちらにきて、現地の人との接触がなかなかない、という話は前回の投稿にもかいた。
そんな私が最も“ローカル”に近いコンタクトが得られるのは、ドライバーさんたちを通じてである。
ドライバーさんというと、「国連職員やっぱり特権階級だなやれやれ」と思われる方もいそうだが、
私のいまの長期出張先に関して言えば、治安や政情が不安定すぎるため、全ての移動は公用車に制限されている。
ドライバーさんたちいなくしては、私はアパートからも一歩もでれず、水さえ買いにいけないので、私たちは文字通り彼らに生活の根底を支えられている。

今年の年始から国連の語学研修センター主催のアラビア語講座に通っていることもあり、
なけなしのアラビア語(本当に誇張なしにHi, how are you くらいしかまだ言えない)で話してみると、ドライバーさんたちは皆とても喜んでくれる。
「”家に帰りたいです”ってなんていうの?」(この会話はフランス語で行われる)っていってみたりして、
5分程度の短い帰路の間、ともにアラビア語を復唱しながら帰るのが、楽しみだったりする。
私が改めて、言うまでもないことだが、言語というのは本当に他文化圏の生活になじんでいく過程で大事である。
なにか内容を伝える手段ということではなくて、
相手の言葉を話すこと自体が、歩み寄りを示しており、それだけで関係性や自分が背負う印象というのは変わる。例えば、私がある日車にのると、ドライバーさんがアラビア語方言とおもわしき言葉で話していた。切ったタイミングで「ごめんね、ちょっと姉から電話がきて」と言っていたので、「أخت كبيرة (big sister)だね!」というと、顔がパッと明かりをともしたように明るくなり、「ねぇね、ユースフはハゲっていって」などと同僚ドライバーをディスるアラビア語を覚えさせようとしてきた。
フランス語で仕事をするここのオフィスにも、現地語はおろかフランス語も話さない同僚はいるが、こんなじゃれあいはやはり、英仏で話しているだけではなかなか生まれない。
アラビア語で、「姉」と言えたからといって、なにが捗るわけでもないが、
その二語を知っているだけで、ドライバーさんとの距離はぐっと縮まるのである。

私が小柄で童顔なこともあり、(おそらくドライバーさんの中には年下もいるのだが)
ドライバーさんたちはそんなわけで私をとてもかわいがってくれて、風邪だといえば、食べきれないほどの物資をかってきてくれたり、水のボトルが重いと一緒にアパートの5階まで運んでくれたりする。

この派遣先に来る前は、周りから、
「フィールドはとにかく現地の職員にうまく仕事をしてもらうのが大変」「西アフリカは特に開発水準が低いから、人材の質がおもわしくない」などと聞いていたが、少なくとも、うちのオフィスでは上記を感じることは幸いなことにあまりない。特にドライバーさんたちは、現地職員の中でも、肉体労働者としてある種、末端に位置するわけだが、彼らの優秀さはローカルスタッフのなかでも目を見張るものがある。

例えば、先日R&R 帰り。
R&Rとは、Rest and Recuperate(休んで回復!)の略で、国連システムのなかに準備された危険地の保険休暇。これは前回の投稿にかいたような、危険地赴任にともなう極度のストレスを緩和するために与えられる休暇である(期間はきつさによるけど、同地は8週間に一度だった)その帰国便で、私と同じ乗換えをした乗客の荷物が全員ロストバゲージされてしまった。もともと、出張として同地にきてたため、スーツケースひとつ分の荷物がなくなるのは割と不便で、なんせ、1週間に10便しか飛ばしてないような、大変僻地の空港なので、そもそもロスバゲされた荷物が返ってくるかどうかが不安だった。

すると、迎えにきてくれたドライバー氏がすぐに私をインフォメーションデスクと思わしき場所に案内し、慣れた様子ですべて荷物を届け出るための手続きをしてくれた。
今どのような状況で(荷物は乗換え空港で積み込まれないまま取り残されてしまったよう)、いつ届く予定か(次飛行機が飛ぶ金曜日)、連絡手段(電話)、交換手段
を正確に現地語で聞き出し、教えてくれた。
なお、先方に指定する連絡先にはドライバー氏の電話番号を書き、「現地語でわからないかもしれないから、まずは自分に連絡がくるようにして、その後君に連絡する」といってくれた。翌日は私のデスクまでくると「念押しをするために、インフォメーションデスクまで自分でもう一度電話して、まだ荷物はきてないか、いつくるのか、と聞いたほうがいいよ」と言いに来た。確かに、荷物が取り残された、って話事体が適当かもしれない。
それを金曜まで毎日リマインドしてくれた後、
金曜になると、「空港から電話がきたよ。荷物ついたって。とりにいくといいよ」と私まで連絡をくれた。しかし、空港に入るのにはパスポートが必要。この時私はビザ更新中で、パスポートが手元になかった。
「どうすればいい?」と電話口できくと、
「それなら、社内のxxをつかまえれば彼は空港といつも仕事しててツーカーだから、一緒につれていくといい」
といってくれた。
その通りに社内の担当者を捕まえ、空港のセキュリティーをすり抜け、私の下に荷物は返ってきた。

なぜこんなエピソードを長々と話したかといえば、
私はいたく感動したからだ。
これは、報連相、危機対応として本当に完璧だった。文句の付け所がない。
そして気づいたのだ。彼はおそらくドライバーよりもずっといい職につける人なのだ、と。そういえば、違うドライバーさんは前職が銀行員だといっていた。
開発を仕事にしていると、「途上国の政府・公的機関のキャパシティが低い」ということがしばしば課題や制約として挙げられる。
でも、この日思ったのだった。もしかしたら、公務員人材、現地の大事なコア人材を横から手を伸ばして横取りしているのは、国連なのではないか。
この時のドライバー氏をみているかぎり、「あれこんな人がこの国の地方政府にもいたら、キャパ不足からくるフラストレーションはずいぶん減るのでは」と思えたのだ。
国連は彼らにいいお給料を払っている。同地のような文字通り世界最貧国で、現地で得られる一番いい職はまちがいなく、国連で働くことだ。
残念ながら、この国の「発展と開発」を願い、その推進を名目にはいっている、私たち国連はその国の一番の人材を搾取し、自分たちのために使ってしまっている。
ドライバーさんたちだって、国連がいなかったら、国家公務員や市職員になっていたかもしれない。
そこにハッとして、スーツケースを転がしながら私はとても複雑なきもちになった。
この国には、車をはしらせればすぐに空色の建物が目に入る。
どれも、国連機関や国連と組みながらはたらくNGOの建物だ。
この国では残念ながら、国連は一大産業なのである。

国連はいわゆる「不幸産業」だと思うことが、皮肉な気分なときにはしばしばある。
私たちは、不幸がないところにはいないし、不幸が大きいところでどんどんプレゼンスが大きくなる。
困難が大きい私がいる同地でも、国連の存在は不可欠だ。やるべきことは溢れるほどにある。
しかし同時にこの国において、国連という産業があまりにも不可欠な市場になってしまったことによる社会の軋みもかんじた。
国連が撤退していくことは本来的にはその国にとってよいことだ。
不幸産業が食っていくための不幸が減っているということなのだから。
でも、この地ではいま国連が撤退していくことを労働市場は求めないだろう。
国内で得られる最もよい仕事の一つを提供しているのは国連なのだから。

スーツケースをかかえて水色のロゴをペイントをされた4FWにのって空港からオフィスに帰る道。
車窓からに流れる建物はやはり空色が多い。
ドライバーさんが愛想がいいけど、少しというか結構適当で、
外装屋さんで、空色ペンキが少し売れ残る、私たちがこの地で求めていくべきなのは、そんな日なのかもしれない