2017年1月16日月曜日

Waitress

2015-2016年 ブロードウェイのシアターシーンは完全にHamilton 一色だった。シアターを超えて社会現象とまでなり、大統領選を巡って様々な論争が吹き荒れる中で、オバマ政権の精神性を象徴する舞台でもあった。

そんな中、Hamilton の陰に隠れた良作があると言われている。Waitressだ。



舞台作品のショーレースであるトニー賞では、最優秀作品や主演女優賞をはじめメジャーどころの賞はほとんどにノミネートされている。授賞式で二曲以上披露する枠をもらったのも Hamilton 以外では同作だけ。さらにいえば、入れ替わりの激しいBWで今シーズン、新作の中でまだクローズせずに残ってるのもHamiltonWaitress以外にはもう一作くらいしかない。もしHamilton がほとんどの賞をかっさらっていかなかったら、Waitress こそ2015-2016年シーズンのスター作品だったのではないだろうか。

Waitress の良さはその飾り気のなさだ。ストーリーはアメリカ南部の田舎町を舞台にしており、主人公はその名の通りパイ屋さんで給仕をして、生計をたてる女性たちだ。ミュージカルは表現上の特性から、どうしても派手になりがちだ。それはそうだろう。普通に話していたかとおもったら、急にその衝動で歌って、踊りだすのだから。その押し付けがましさがファン以外には苦手意識を与えたりする。しかし、Waitressは良い意味で地味である。語弊を恐れずにいえばメインキャストに言わゆる容姿が目を引くほど際立つ人はいない。そして、これが何よりも独特なのだが、いわゆる Divaタイプの歌い手もいない。



ミュージカルはbeltingと呼ばれるいわゆる喉をお腹から震わせるような全力の歌が見せ場だ。メインキャストはここぞというところで、渾身の歌声でそのエンドノートを打ちに行く。しかしWaitressではbelting シーンがほとんどない。歌い手は皆一級である、beltできないわけではない。しかしそこであえて、そっと伴奏に乗せるようなウィスパーにも近い歌声で緩急をいれていくことで、このショーは包み込むような優しさをつくりだしていた。

この魅せ方が特に光っていたのが主演のJessie Mueller。高温ではかすれゆくような切ない歌い方はとても特徴的で、今の生活を脱したいと願う主人公Jennaの葛藤や哀愁を抜群に表現していた。全力で絞り出す歌の力強さはもちろん迫力がある。しかしJessie Muellerがウィスパーで優しく歌いながらも、芯の通ったビブラートを響かせるのをきいて、「これは誰にもできる芸当ではないわ」と感服するより他なかった。

このショーの見せどころは楽曲とJessie Muellerと言われるが、その通りだろう。彼女が他のキャストと入れ替わった時点であのショーは別のものになる気がする。

公開稽古より Bad Idea


そんなJessieの芯のあるウィスパーが抜群に映えるのがハモり曲である。Waitressはハモり好きにはたまらないくらい、ハーモニーが一級だ。この作品、なんと楽器隊はステージ上にいる、ピアノ、キーボード、チェロ、ギター、ベース、ドラム、の6人だけ。とても伴奏はシンプルなのに、そのことにしばらくしないと気づかないほどメロディーが豊かだ。まずは何よりもシンプルにハモりが多い。既に書いた通りbelterが多いミュージカルではサビの部分のここぞというところで大きい音の伸ばしでハモリを持ってくることが多い。しかし、waitressではもう歌い始めのAメロから、転がるように流れるたくさんの音の全てをハモりで重ねてくる曲が多い。技術的にはとても難しく、かなりの練習が必要であろうそのメロディーは心地よいくらいに軽やかに重ねられていく。この難易度の高いハモりは、そっと音に乗せるように歌う本作の歌唱演出ならでは映える手法だ。



演出はやはりシームレスに舞台に流れている料理シーンが1番の魅力だ。Waitressの会場である Brooks Atkinson Theatreに一歩入ると、甘く香ばしいパイの匂いが立ち込めている。このシアターでは開演前から舞台上で本当に使うパイを暖めて匂いを放つことで、パイ屋さんの暖かな雰囲気を香りから演出している。全体を通してパイ作りを基点として流れるストーリーの中で、キャストの手でフッと吹かれた小麦粉は魔法のように舞い、砂糖やミルクは流れる音楽とともに軽やかに宙から高く注がれる。主人公Jennaがその喜び、フラストレーションをぶつけるようにパイ生地をこねるところまで、押し付けがましくなくも、観客を飽きさせない遊び心の効いた演出だった。

公開稽古より Soft Place to Land

この作品、Waitressはブロードウェイで初めて女性オンリーのクリエイティブチームで挑んだ作品として有名だ。特に作曲家のSara Bareilles がアクティブなフェミニストなこともあり、見る前はそれが全面にでているのではないかな、というのが少し懸念された。でも、蓋をあけてみると、そんな顔に押し付けるようなメッセージ性はなく、この作品全体が醸す飾り気のない優しさ、それでいて女性キャストたちを媚びさせない芯の強さこそ、彼女たちの女性性が美しく活きているなと感じた。



疲れた時、自分も、生活もままならない時、立ち上がれよと鼓舞するのではなく、パイを差し出すように、そっと包み込んでくれる舞台である。

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